TOPPapyMamaコラム会員さんからの妻の乳がん闘病体験記1

妻の乳がん闘病体験記1

『妻の乳がん闘病体験記1』

みなさん、はじめまして。
私は岡山市内に住む40代半ばの男性です。

私の妻は40歳の時、乳がんとの診断を受け、
左乳房の全摘出手術を受けました。
今度の春で一つのめどといわれていた術後5年を迎えます。

「がん」、とくに女性にとって乳がんという病気はとても心配な病気の一つだと思います。
私たち夫婦がこの病気の治療の中で経験したことや気付いたことを、
このコラムの場をお借りしてお話させていただき、
多少なりとも皆さんの参考になる部分があればと思っています。
ただ、私は医療の専門家ではありませんので、
医学的な見地とは違った部分があるかもしれません。
また、私自身が治療の苦しみを経験しているわけでもありません。
あくまで夫の立場からこの5年間を振り返ってみようと思います。

また、非常にセンシティブな内容になりますので、
私を含め、多くの方々のお名前や施設名なども伏せさせていただくことをご了承ください。

妻が最初に異変に気付いたのは
手術を受けた前年の初夏になります。
乳房の小さなしこりに気付いた妻は近所の医院で受診し、
そこで詳しい検査を受けることを勧められ、
総合病院を紹介してもらいます。
精密検査の結果は乳腺症という診断でした。
2ヶ月後の再診でもその診断は変わらず、
経過観察をするということで、6ヶ月後に様子を見ましょうということになりました。

この間に、気にしていたしこりは次第に大きくなり、
乳首から褐色の分泌物が出ることもあったのですが、
すでに検査を受けていること、そして何よりもそう信じたいという気持ちがあり、
再診の予約日より前に病院を訪れることはありませんでした。

そして再診の日、私は妻からの電話を会社で受けました。
「早急にお話ししたいことがあるので、
ご主人と一緒に明日にでも病院に来てくださいと言われた・・・。」
元来気の強い妻は、つとめて冷静にそれだけ伝えると、
早々に電話を切りました。

翌日、会社を休んで妻と二人病院を訪ね、
先生から乳がんであるとの告知を受けます。
よく小説などで、
頭の中が真っ白で、言葉は響くけど理解できない
といった表現がありますが、まさにそれです。
そして、担当医の口から残念な言葉を聞きます。

「私で頼りないと思われるのなら、どこの病院にでも紹介状を書きます。」

おそらく半年前にがんを見つけられなかったことからでた言葉だと思います。
しかし、唯一の頼みである主治医からは決して聞きたくなかった言葉でした。
当然、どうして半年前にわからなかったのか、
質問もしましたし、その後医療訴訟も頭において私なりに調べたりもしました。

妻の場合、乳腺症と間違いやすいタイプのがんだったようです。(ここでは詳細を省きます)

乳がんの検査で「マンモグラフィー」という方法をよく聞くと思います。
確かにとても良い検査方法であることは間違いないのですが、
まだ乳腺が発達している状態の女性(40代よりも若い方)の場合、
この方法ではわかりにくいことも多いようです。
妻の場合も「マンモグラフィー」もしていることで、安心してしまっていたようです。

もうひとつ考えていただきたいのが「セカンドオピニオン」。
半年前にもし他の病院で診てもらっていれば見つかっていたかも知れない。
半年前にわかっていれば、特に術後再発の可能性を抑えることができたはずです。
主治医との信頼関係とか気になると思いますが、
何より自分や家族の身体の問題です。
そして受診する施設によってスキルに差があることも認識しておく必要があると思います。

後で後悔することがないよう、できることは全てしておく方がいいのではないでしょうか?

また、経過観察中であっても異変に気付いた場合には急いで受診してください。
なんでもなければそれでいいのです。

私たちは結局、その先生に手術をお願いすることにしました。
病気がわかった以上、今から他の病院で検査からやり直すより、
手術を急ぐ必要があると考えたからです。
その日から長い闘病生活が始まりました。

がんという病気は、漠然とした不安から現実のものへと変わったのです。
妻40歳、私は41歳、長女8歳、二女3歳の春のことです。


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